Music

拝啓、小室哲哉様




先日の報道

その後の会見で小室哲哉氏が引退を表明されましたね…

いちファンとしてはただただ、本当に悲しい限りです…
私が音楽に関わる事の100%に限りなく近い出来事

それは1992年4月(だったと記憶してます)

13歳の時に方向転換しました

TMNのWOWOWで生放送された【TMN EXPO ARENA】です

オープニングのCrazy For Youがないんで同じ衝撃を受けた次曲のJust Like Paradice

母が叔母に録画してとお願いした1本のビデオテープを俺に渡されて観た事

まさに青天の霹靂でした!!

その映像と音楽の衝撃は何年、何十年経った今でも変わりません

色褪せないという事は今ではこういう事と思います

山と海に近い田舎の思春期にはあのステージは衝撃でした

多感な時期には多くの事を吸収する時期です

未成年の時期はスポンジなんでしょうね

それは多くの本に書かれ、今の自分ではその時期に多くを親から学ばしてもらったり体験させてもらいました

その事は感謝する事以外ありません

その親に頼み込んでの話です

その当時の主流だったオールインワンシンセ(サイザー)を買ってもらい、楽譜(バンドスコア)を購入しては打込み(楽譜をデータにする)をした事で、勉強して作曲を独学で覚えていきました

ピアノ演奏もした事なかったんですが、それもバイエルも勉強して覚えていきました

鍵盤を演奏する事なくなってもう忘れてしまいましたがね…

ギターへ転向してもこの時に学んだ音楽の知識は基礎になってます

話は冒頭に戻りますが

引退会見の中で氏は、自身の引退に関する多くの事を話されました

その内容はネット上に全文を起こされたこちらに書かれています

これから自分達が同じ境遇になるかもしれない決して他人事ではない内容です

有名人だから文春さんは記事にされるんでしょうね

文春砲という言葉が生まれたのもスキャンダルが故でしょう

しかし、今回の記事は私個人だけで言うと解せません

あくまで個人の意見です

会見の最後、氏が言いたくて最後に述べられた内容は一切報道されていません

ネットの中だけで述べられた文章だけ(全部を見てませんが)とされています

数日経っているのでもしかしたらどこかにあるかもしれません

常に何歩も先、次の次を見据えていた氏なので、最後に言わせて下さいという切り出しで話されたんでしょう

今回の事が発端で、日本の音楽の歴史の1つが終幕してしまいました

今回の事が決して良い結果ではありません

それは氏の軌跡が語っています

私はそう思います

お疲れ様でしたとは言いたくありません

引退を、4001日の終幕から再開したようにまた戻って来て下さい

nagase





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